自愛は義務ではありません!間違ったやり方では、自分を苦しめるだけです

自愛をしたことで彼と会えました。

彼のためではなく、自分のために自愛をした途端に、彼と会えたのです。

自愛効果?!彼と偶然再会しました!!

嬉しくて嬉しくて、これからももっと自分を大切にしよう、自分のために自愛をしようと思いました。

ただこの自愛が、徐々に義務になってしまったのです。

 自分に集中する

自分のためだけに自愛をすれば、彼に会える。おかしな話ですが、自分に集中することで彼とあえるのならば、徹底的に自分を大切にしようと思い始めました。

とにかく自分が心地よく過ごすことを意識し、できる限り嫌なことは避けるようになりました。

はじめのうちはよかったです。自分の心の声を聞いて、心地よくなる方を選択する。苦手な人とも距離を置いて、嫌な思いをすることを避ける。そんなことを繰り返していました。

それでも一日中、気分良く過ごせるわけではありません。

仕事をしていれば繁忙のあまり、イライラしてしまうこともあります。

疲れて家に帰っても、だれもごはんは作ってくれません。食事の用意も、掃除も洗濯も、全部自分でやらなければなりません。

心に余裕があれば家事も楽しめます。ですが仕事が忙しかったり、女性特有のホルモンバランスが影響するときなど、心が穏やかになれないときもあります。

そんな状況でも、「自分を大切にする」ことは意識していました。

・自分を心地よくさせるんだ
・嫌や思いをさせちゃいけない
・あ、わたしは今つらいと感じている。楽しませてあげなきゃ
・こーしなきゃ、あーしなきゃ、、、

自分を大切に“する”ことが、“しなきゃいけない”に変わっていきました。

「自分を大切にしなきゃいけない」

いつしかわたしの自愛が義務になっていたのです。

 自愛をやりすぎて体調を崩す?

仕事が忙しくても、体調不良でも、自愛をすることが自分のためだと思っていました。

むしろつらい状況のときこそ、自分をいたわるのだ!くらいの気持ちで取組んでいました。

ある朝目が覚めて、起き上がろうとしたときです。突然目の前が真っ白になり、ベッドに倒れこみました。

頭はグラグラ揺らされているかのような感覚です。視界もなにもみえません。白い光のようなものがみえるだけです。

わたしはすぐにこの状況を飲み込みました。

”貧血だ”

もともと貧血気味のわたしは、過去に数回貧血で倒れたことがあります。なのでめずらしいことではないのですが、このときはいつもと違ってました。

過去に貧血で倒れたときは、すべて生理中でした。生理中なら貧血になるのも仕方ないことです。

でも今回は生理中ではありません。まったく生理が重なっていない、血がたくさんあるはず?のときに倒れたのです。

おかしいと思いながらも、このままじゃ仕事できないと判断。やむを得ずその日は仕事を休みました。

頭がクラクラするのと、若干吐き気を感じながら、ずっとベッドのなかで横になっていました。

力を抜いて、ただ天井を見つめるだけです。

そのとき、なぜか勝手に涙がこぼれ落ちてきました。

いままで気を張っていたのが、緊張感が、急に切れたのだと思います。

そして心のなかで思いました。

「なんでわたしはこんなにがんばっているんだろう
がんばって自愛しても楽しくないよ
楽しくないし、彼とも会えないし、こんなこと続けて意味があるのかな
もう自愛なんて、やめようかな・・」

 自愛は義務ではない

本来の自愛を見失い、義務感で自愛をしていました。結果、わたしは倒れました。

もしかしたらわたしの心が悲鳴をあげたのかもしれません。助けを求めたのかもしれません。

この日を境に、わたしは自愛をやめました。

正確には「義務で自愛をすることをやめた」のです。

“しやきゃいけない”思いから解放し、思考も行動も自由にしました。

なにかに囚われるのがつらくて、自由になりたかったのかもしれません。

わたしがわたしに、

「その自愛間違ってるよ、もっと自由にしてあげて」

と訴えかけていたのかもしれません。

彼との復縁も、半ばあきらめ始めました。もうなるようにしかならないし、もしかしたら他にいい男性がいるかもしれない、と。

それからしばらくは彼をあきらめ(完全にはあきらめていませんよ!)自由気ままに生活していました。

すると、友人から男性の紹介の話が舞い込んできたのです。

なんなんでしょうね、本当に欲しいもの(元彼)は来なくて、望んでもいない人が来るって、、いやとても有難いことなのですが、当時のわたしがそう思えなかっただけです。

ただ自愛を始めたことで、わたしの周りが変化していったことは確実です。間違った自愛も、わたしにとっては意味があったことだと思います。

 わたしは自愛の実践者です

自分を大切にするって、義務じゃないんですよね。“しなければならない”で大切にしても、心はちっとも嬉しくありません。

本当に大切にしたいという想いが溢れたときに、大切にしてあげればいいんじゃないかなって思います。

わたしはいまでも自愛の実践者です。

まだまだ理解できないことがあるけれど、やっぱり自分を大切にしていきたいです。




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